忙しゅうて忙しゅうて2018/04/23 21:58

仕事が!!忙しいんですよ!!!
コミティアの原稿進捗がヤバいです!
早くから取りかからなかった自分が愚かなのはわかってるんですがええ…
毎週一回はブログ更新しようとしてたけど土台無理でしたhahahaha

コミティア関連のあれやこれやは週末にはカタがつく…ついたらいいな…でもちょっと覚悟はしておけ(自分が)

取り急ぎ現状吐露でありました

生活習慣病スタンバってます2018/02/28 22:57

数年前から貧血の治療で病院通いをしておりまして、今日は通院日でした。通っているのは市内総合病院の血液内科です。治療開始の時はドクターにかかりつけの病院があるか聞かれましたが無いのでしゃあなし。難病でもないし自宅と病院の距離も考えたら近所の個人病院の方がいいんですけどね。
そんな訳で、交通事情により病院に行く日はいつもより早く起きなきゃいけなくて、正直「かったりー」のです。しかしおざなりにするとシンドくなるのがわかっているのでここは気合い。

病院到着後受付まで時間があったので病院の回りを散歩

椿近影
椿
梅
梅2

猫もブロック塀の上でくつろぐ春(でもけっこう寒かった)。

猫遠
猫近

途中から中性脂肪やコレステロールも診てもらってますが、貧血は多少改善して来てるのにこっちはなんだか全然改善しません。
夜中のつまみ食いを控えるようにした結果なのか、中性脂肪の方はわりと減って来てます。でもねー、コレステロール(LDL:悪玉の方)が減らないんですよねえ。野菜の摂取量と運動不足が主な原因なんだろうけど、何せ野菜嫌い運動嫌い。

あと菓子類を止めないのもアカンのでしょうか…以前ほどの無茶食いはしてないんですけどね…。スッパリ止めるべきなのか…。

乳製品大好きタマゴ大好きでタマゴは多い時で1日3個

………いやスミマセン タマゴ1日3個は多過ぎ。

閉経になったら貧血の治療はおそらく終了すると思いますが、今度は糖尿病や高脂血症との戦いが始まるのが目に見えててなんだか気分が重くなります。
食事は必ずしも悪玉コレステロール過剰の原因にならないという研究結果が出てるらしいですね。しかし私は実際スナック菓子や甘いもの、夜中のタマゴかけごはんを続けた結果、献血を断られる(血液チェックで肝機能に異状=肝炎の疑い=が出るらしい)ほどの脂肪肝になりました。食べ過ぎよくない。

あとは運動か、運動なのか。でも運動するより本読んだり映画観たりしたいでしょう…。

生活習慣病って「成人病」じゃ適切じゃないからってわりと最近になって出来た言葉のはずだけど、こうしてみると生活習慣病ってほんとに生活習慣病だなとしみじみと危機感を覚えますねえええ。

スピリチュアルに行きかけたんですが2018/02/12 23:13

タナトフォビアという用語を知って以降、救いを求めてあれやこれやと検索しまして、「死ぬのが怖い」でググっていた某日、あるスピリチュアルサロンのブログに行き着きました。かなり精神が疲弊していた私には暗黒に差す光に見え、死の恐怖克服のヒントが見つかるかもしれないとメルマガ登録をし、バックナンバーを読みあさって約一ヶ月後、すっかり冷めました。
「暗黒に差す光」はあっちゅう間にブラックホールに吸い込まれたのですHAHAHAHA。

バックナンバーを読み進めると、私個人が大変f※※kと感じる文言が散見されるようになり、とどのつまり幻滅したわけです。
この手の人の科学の忌避はなんでしょうね。衣食住と安全と健康、文明にどっぷり浸かっているゆえに可能な贅沢を満喫してるようにしか見えないんですが。宗教であれスピリチュアルであれ、その人がそれで幸福なら結構な事だけど、アナタ達の妄言で迷惑してる人がいるんじゃないの?

さて、くだんのブログを読み始めた頃に、元々うちにあった学研の宗教の本も読み返してまして
特にこのあたりを。
学研の宗教の本たち

今までは、例えば「釈迦の本」を読んでも単なる情報としてしか受取ってなかったのに、改めて読んだら理論や修道の解説がなんとまあサクサクと入ってくること。
神社仏閣を巡り関連書籍を読んでもオタク趣味の延長に過ぎず(なんせ宗教に興味を持ったきっかけが「孔雀王」だし)、それらを元に同人誌でへっぽこ漫画を描いたりしてましたが、自分の生き方に入り込むということは考えてませんでしたね。死を日常生活から意識するようになって初めて真剣に考える。現金なものです。

そして自分には仏教の考え方が合ってるなあと思い始めたと同時に、スピリチュアルへの期待は急激にしぼんだのでした。概念自体は(特に中二病に罹患してると)魅力的だし、あのふわふわした感覚を信じ込めれば死の恐怖はなくなるかもしれないけれど、それ以外が自分には無理過ぎた。多くは語りませんが。

世の中に絶対はないので、何年かしていきなりスピリチュアルに傾倒するかもしれないけれど、私がニクタリアンである限り可能性は低い気がします。極端に菜食に偏ることで何らかの脳内物質が出て、見えない何かを感じた結果が高次元の存在や大いなる宇宙の概念ではないのかと感じるので。

苦行で仏を見たり座禅で魔境を見るのも同様に、悟りを開く(死の恐怖を克服する)為には、菜食に近くなった方がいいんでしょうけどねえ健康のためにも。
ただ前述通りニクタリアンで野菜嫌いの私には厳しいのです。

…松屋のチーズタッカルビ定食うめえでしょ…。

まずは立ち向かう2018/01/24 23:37

自分でつけといてなんですが、タナトフォビアのくせにこのブログのタイトル“斎場”って何の冗談なんでしょうかね。
エクストリーム方面のヘヴィメタルを好んで聴いてるせいもあって、昔からガイコツだの地獄だの死神だののモチーフは好んで使っていたんですが、シャレならんと言えばシャレならん。まあ暴露療法的なものと思えば。

さて「寝入りばなに叫んで飛び起きる」状態だったタナトフォビアの状態が昼間に現れて約3ヶ月程度経ち、現在パニック症状的なものは出て来ませんが、ふっと寂寥感がやってくるのは変わらず。前向きになったりへこんだりを繰り返していて、なかなか腹が座りません。月のものがやってくる直前にもの凄くネガティブな気分になったので、その辺りの影響かもしれない。完全に閉経したら精神が安定してもらいたいもんです。

先日初めてネットで新幹線の切符を取ったのですが、おっかなびっくりだったせいか夢に出てきました。なにやら大失敗した夢でしたねー。発券はこれからやるのでえらい不安…。
という感じでそのときの不安が夢に出て来がちなわりに「死ぬの怖い」が夢に出て来た事ないんですよね。恐怖感がピークの頃に「濁流の川に見知らぬ男性が小舟で流されて来て“助けてくれー”と叫ぶ(男性はレスキュー隊に助けられていた。私は高台からその様子を見てた)」という夢を見たんですが、自分が助けを求めたいのになんで他人事になってるんだろうと思いました。深層意識の何かが「死は受け入れるもの」的な何らかの暗示でもかけてるんでしょうか。

「考えても仕方のない事を延々と考えてどつぼにはまる」傾向が良くないらしく、その解消に瞑想や座禅が良いと聞き、数分間程度ですが継続してやってます。しかしこれがなかなか難しい。達人でも雑念が湧いてくるというから初心者は言わずもがなです。部屋の片付けがまだ終わってなくて散らかっているのも敗因かと思い、部屋の灯りを消してロウソクの火だけで座ってみたらばこれがなかなかいい感じ。しかしまずは部屋の片付けを完了せねば…。

謹賀新年メメントモリ2018/01/02 22:04

あけましておめでとうございます。
更新しようとログインしたら、2017年の記事は新年の挨拶だけだったので自分でも驚いとります。

同人活動休止の間何してたかというと

2月には名古屋
名古屋城

金の鯱

3月には宮崎
宮崎神宮

宮崎モアイ

その他花を見に行ったり展覧会に行ったりしつつ(↓画像10枚あります)
菊池公園スミレ

宇部ときわ公園藤

ジブリレイアウト展

赤坂離宮ライトアップ

マーベル展

忌宮神社数方庭

長府庭園ハス

プリティプリント

宇部ときわ公園ビエンナーレ

あるあるCITY竹宮恵子展

大体一ヶ月に2〜4回映画館に通い旧作をレンタルで観て(MCU映画履修完了したわ)、6月から埃と汚れとカビとガラクタと趣味の物が渾然一体となっていた自分の生活圏の掃除を休み休みやってました。


さて、ここから辛気くさい話に入ります。


私には子供の頃から、ある精神的にヤバい案件を抱えていて、

具体的には寝入りかけた時に「私はいずれ死ぬんだ死んだらどうなるんだ全く無になるのか私が無くなるのか怖い怖い!!」って思考がいきなり湧いて悲鳴を上げながら飛び起きるんですよ。幼少時から今に至るまで何度もそれが起きて、時には家の者に見られて「何か取り憑かれてるんじゃないか」って言われたほどです。でもあくまでも「寝入りかけた時」だけで、飛び起きたあとは冷静になって一晩寝たら忘れる、というのがいつものパターン。ちなみに、“それ”が起きる条件は今に至っても全く思い当たりません。

そして今年の10月のある日。“それ”がはっきり目が覚めてる時に起こって。悲鳴を上げないようにするのが精一杯の凄まじいパニック状態。しかも数日間続き、恐怖で夜眠れなくてずっとネットやっていたりして睡眠不足MAX。いやもう大変だった…。

既に前年(2016年)あたりから、映画を観ても写真を撮っても「死んだらもう見る事ができないんだよな」みたいなことがずっと脳内のどこかによぎって、なんとなく寂しくなることが増えていたんですけども。
それがどんどん落ちるとこまで落ちて行って10月のパニック状態に至り、生活や体調に支障も出て、「死んだらもう見る事ができないんだよな」どころか、何処に行っても「みんな何故そんなに楽しそうなんだいずれ死ぬのに」「どうせ死ぬのに一生懸命なにかやっても仕方ないじゃないか」としか考えられなくなり、ついに「死ぬの怖いからもうとっとと死んだ方がいいんじゃないか」に行き着いて、「あっなんかヤバい」「心療内科行こう」になった訳です。

そして似たような症例を調べたら「タナトフォビア」なる言葉を発見。

詳細はググって頂くとして、「突然悲鳴を上げながら飛び起きる」人が自分以外にも結構居て私だけがおかしいんじゃないんだ(あと、この異常な状態に名前がついてんだ)と多少肩の力が脱けました。

病院にかかる前に落ち着いた(瞑想が案外効いた)ので結局通院はしていませんが、完全に解決してなくて、まだ時々寂寥感が湧いてきます。本当に限界が来たら病院にかかる事も念頭に置きつつ、現在は恐怖症に関わる脳内ホルモン、哲学、スピリチュアル、宗教そして内外有名無名問わず人様の死生観まで、ネットや書籍で探してむさぼるように読んでる所です。死生観を見つけるには私は歳を取り過ぎてる気もしますが、晩年を「死ぬの怖い」とか思いながら生活するのは厳し過ぎますからね。

(とはいえこの辺りを追求するとだいたいみんな「死んだあとの事なんかわからないんだから今は今の事を一生懸命考えろ」に行きついてるし、真理なんですよ…)

追記1:恐怖に苛まれながらもTwitterのいいね欄を見たら萌えの収集は怠ってなかったのでコレだからオタクはと自分でも思った(12月の初旬辺りはログインする気にもなれないほど底に沈んでたけども)
追記2:あと、部屋の掃除は完了してません。あともう少しなんだけどな!