生活習慣病スタンバってます2018/02/28 22:57

数年前から貧血の治療で病院通いをしておりまして、今日は通院日でした。通っているのは市内総合病院の血液内科です。治療開始の時はドクターにかかりつけの病院があるか聞かれましたが無いのでしゃあなし。難病でもないし自宅と病院の距離も考えたら近所の個人病院の方がいいんですけどね。
そんな訳で、交通事情により病院に行く日はいつもより早く起きなきゃいけなくて、正直「かったりー」のです。しかしおざなりにするとシンドくなるのがわかっているのでここは気合い。

病院到着後受付まで時間があったので病院の回りを散歩

椿近影
椿
梅
梅2

猫もブロック塀の上でくつろぐ春(でもけっこう寒かった)。

猫遠
猫近

途中から中性脂肪やコレステロールも診てもらってますが、貧血は多少改善して来てるのにこっちはなんだか全然改善しません。
夜中のつまみ食いを控えるようにした結果なのか、中性脂肪の方はわりと減って来てます。でもねー、コレステロール(LDL:悪玉の方)が減らないんですよねえ。野菜の摂取量と運動不足が主な原因なんだろうけど、何せ野菜嫌い運動嫌い。

あと菓子類を止めないのもアカンのでしょうか…以前ほどの無茶食いはしてないんですけどね…。スッパリ止めるべきなのか…。

乳製品大好きタマゴ大好きでタマゴは多い時で1日3個

………いやスミマセン タマゴ1日3個は多過ぎ。

閉経になったら貧血の治療はおそらく終了すると思いますが、今度は糖尿病や高脂血症との戦いが始まるのが目に見えててなんだか気分が重くなります。
食事は必ずしも悪玉コレステロール過剰の原因にならないという研究結果が出てるらしいですね。しかし私は実際スナック菓子や甘いもの、夜中のタマゴかけごはんを続けた結果、献血を断られる(血液チェックで肝機能に異状=肝炎の疑い=が出るらしい)ほどの脂肪肝になりました。食べ過ぎよくない。

あとは運動か、運動なのか。でも運動するより本読んだり映画観たりしたいでしょう…。

生活習慣病って「成人病」じゃ適切じゃないからってわりと最近になって出来た言葉のはずだけど、こうしてみると生活習慣病ってほんとに生活習慣病だなとしみじみと危機感を覚えますねえええ。

たぶん7年ぶり京都(後編)2018/02/18 22:49

京都のロウソク
京都の蝋燭。

東本願寺→龍谷ミュージアム移動中。

・気に入った風景その2

なか卯

なか卯が入ってるビルが昭和初期的でいい感じ。

・気に入った風景その3

バル

気に入ったと言うか気になった、店の名前「KAKIMARU」の上にある“貝と白ワイン”に心揺さぶられたバル(営業前)。京都泊ならふらふら吸い込まれたかもしれない。

龍谷ミュージアムに到着。龍谷大学の学生さんがあずき粥のふるまい中。小腹が空いてたので大変有り難く頂戴しました。アンケートにたいしたコメントも出来ず申し訳ない気分。

龍谷ミュージアム小豆粥

当日開催されていたのはこれです。

龍谷ミュージアム展示

500円で申し訳なくなるほどの展示でした。
孔雀明王像や両界曼荼羅の前で中二心を揺さぶられて来ましたよ。
西域の仏像は創作意欲をそそられるマッチョもとい肉体美ですね。

龍谷ミュージアム目の前、西本願寺へも立ち寄りました。
さすが本願寺、巨大な(略

西本願寺

西本願寺2

東本願寺同様親鸞さんと阿弥陀様を(略
以前一回来たんですが、その時も急いでたな…

さて次は東寺へ行きます。
バス利用、もしくは京都駅から近鉄って手も考えたんですけど、体力が残っていたのでレッツ歩き敢行。ストップウォッチで時間を計ったところ、西本願寺→東寺は私の鈍足で約22分でした。

ところで東寺とは関係ないんですが、道中横を通り過ぎたイオンモール京都の駐車場が有料だったので、さすが京都は都会だなあと思いました(小並感)。
そしてイオンモール真向かいに「伏見稲荷」の看板と赤い社殿が見え、気になったもののスルー。帰宅後調べたら伏見稲荷の御旅所でした。進行方向なんだし境内を通るくらいすればよかった…。

化野への予定変更第二弾、東寺(教王護国寺)到着。

東寺1

東寺2

東寺4

東寺5

冬の特別拝観で五重塔の内部公開中。以前拝観してるはずですが、記憶が全くないんですよねえ。何を見てたんだろう。今回はしばらく忘れないように一生懸命拝見しましたよ。

東寺3

今は寒々としたこの風景も、春になったら美しいでしょうね…。

東寺6

金堂と講堂、特に立体曼荼羅は忘れるはずも無いけど、明王部を一番凝視するのは「孔雀王」で仏教に興味を持ったオタクの性です。

今回の特別拝観では前回の時は行かなかった観智院を拝観。本堂で五大虚空蔵菩薩と愛染明王を堪能しました。書院造りの建物は元は研究所だったそうで、落ち着いた雰囲気の施設です。終の住処にするならこういうところがいいな…。叶わぬ夢ですが。
みなさまも予算や時間の余裕があれば今度の機会に是非。

そうそう、愛染明王の前に置かれてあった護摩木に「タナトフォビア克服」と書いて来ましたよ。もはやなりふり構わず神仏頼り。

東寺7

観智院売店で購入したお線香(500円)。
今自宅で使ってます。やわらかくて上品な香り。

取り急ぎが過ぎた京都日帰り旅行もこれにて終了。
帰りも歩きで京都駅へ。来た時と同じく新快速で新大阪に向かうつもりでしたが、新快速待ちの乗客の人数に田舎者ビビる!
向かいのホームに各停普通列車が停まっていたので行先(西赤石)を確認、席も空いていたので飛び込みました。ここへ来てさすがに足が限界だったのでありがたく着席。新快速の倍の時間がかかりますが帰り時間は多めに見積もっていたので問題ありません。

新大阪駅では台湾肉そばを食べたけれど、なんだか物足りなくてキオスクでチーズちくわを買い、予定通り帰りの「さくら」に乗車。
車中でチーズちくわを食べたもののまだ足りずに土産に買った東寺餅を食す。この写真じゃ緑っぽいですが真っ白な餅ですよ。

東寺餅

全部食べてません2個だけです。

観智院を出た時点で午後4時30分になり閉門され、境内を通り抜けられず北方向の路地経由で店を発見、餅が呼ぶので買ってしまった。1個140円。大福餅の一種かと思ったんですが皮が求肥で大変美味。

雪が降り始めたので肝を冷やしましたが無事帰着。乗り遅れと忘れ物&落とし物もなんとか回避。お疲れさまでした私。

出かける前まで緊張しましたが、久しぶりの一人旅は楽しかった!
私はこれまで行き当たりばったりの旅ばかりしていたんですが、事前調査をするとこんなにも事が運びやすいのかと初老にしてやっと気がつきました。人に頼りすぎると色んな感覚が衰えることも実感。あの建物の写真撮っておけばよかったとか、あそこは立ち寄れたよなーとか、今になってそんな事を思い出してます。

おまけ:乗り換えの徳山駅にて。

しゅうニャン

たぶん7年ぶり京都(前編)2018/02/18 20:24

先週2月11日に日帰りで京都へ行ってきました。晴明神社へ古札を納めるのがメインイベントです。崇敬会に加入してから御札が郵送で到着するようになったので、つい足が遠のいてたんですよね。札が7枚あるので7年ぶりのはず。

晴明神社お札

一人旅なので当然全て自分でやりましたが、ここ数年こういう事はほぼ相方に投げっぱなしだったせいで、あらゆる感覚が鈍っていて愕然としました。サボっていたら色んな所が衰えるんだなあ。最近意欲減退甚だしいけれど、そのせいですかね。

さて当日。新幹線利用時の一番の心配の種が「もより駅前の駐車場確保」。以前それで失敗したことがあり、新幹線利用時は無駄に早めに来るようになりました。今回も発車時刻の1時間半前に到着。幸い最安値の駐車場にひとつ空きがあり、最初の難関はめでたく突破。あとは乗り遅れと忘れ物&落とし物…冗談じゃないんですよ、それくらい最近うっかりが多いんですよ(加齢!)。

1時間半も案外あっという間に過ぎ、新幹線乗車です。
私の地元から関西日帰りで滞在時間を少しでも確保するためには、この前の便「ひかりレールスター」を利用するのがセオリー(かどうかは不明だけどこれに乗った乗客は多かった)、しかし“のりもの乗車も旅行のうちー”という謎ルールで「さくら」初乗車。

新幹線さくら

広くて揺れも少なく大変快適。

新幹線さくら車内
(帰宅後パソコンで確認したら人が映ってたのでびっくりした…)

「さくら」は新大阪止まりなので京都へは新快速利用。新大阪⇔京都間なら普通列車に乗り換えた方が少しは予算の節約になるじゃん!という貧乏くさい思考によります。
…とはいえ“のりもの乗車も旅行のうちー”なんてのんきな事をのたまっている場合じゃない混雑で、車通勤者には辛かった。普段満員電車には縁がないので考えようによっちゃこれも旅行の醍醐味…(満員電車なんてコミケ時のりんかい線だけで充分)。

満員電車を20分弱体験し京都に到着。ホームの立ち食いうどん店で少し早めの昼食を取ったあと、急ぎ晴明神社へ向かいます。いつもは市バスに乗るんですが、今回は地下鉄を利用しました。
当初は晴明神社のあと化野に行く予定を立てていて、その行程なら一日乗車券でバス移動したんですが、化野念仏寺の竹林が閉鎖されていたので計画中止。西院の河原が主な目的だけれど、竹林の小径も歩きたいし…という訳でまたの機会に、となりました。

地下鉄烏丸線 国際会館行 今出川駅下車。晴明神社まで歩いて12分程度らしいですが、出入口の選択を間違えた(6番が正解だったのに2番から出た)ため時間が倍かかりました。今出川通りを歩くはずが見つからず、うろうろするうちに予定より北に移動してしまい(つまり迷った)…。
ただ、ほぼ碁盤の目状態ゆえにタテヨコ移動でなんとかなるのが京都(中心部)の強み。同志社大学新町キャンパスの側を通り、町家風佇まいの民家を眺め、おお京都っぽいねえ〜と、おのぼりさん的思考をしながら歩き、晴明神社到着。

晴明神社1

晴明神社2

晴明神社4

晴明神社3

同社は相変わらず参拝者が沢山ですね。女性が多いのはいつもの事だけど年配の男性も目立ちました。以前からこういう感じだったかな?7年の間に何か陰陽師的な作品があった?

晴明神社6
※同じアングルの写真が並んでますが、iPhone(↑)と
コンデジ(↓)の違いを見る為の個人的サンプルです。
晴明神社7

晴明神社9

晴明神社8

晴明神社9

晴明神社11

晴明神社12

晴明神社13

無事に古札を納め、次はいつ来訪できるかわからないので境内をしつこく散策しつつ名残を惜しみ、帰りは予定通り今出川通り経由で地下鉄に乗り一旦京都駅へ戻ります。

化野への予定変更第一弾は龍谷ミュージアムです。
京都駅から歩いて行く途中に東本願寺のそばを通るので同寺に立ち寄りました。実は今まで訪れてなかったんですよね。今まで何度も京都に来てるのに。

・気に入った風景その1
京都駅→東本願寺の途中の路地裏、ビルの外壁のエビス様。

※違いますね布袋様です…(2月19日 0時20分注記)
※↑も間違ってますね大黒様だっての。(2月19日 12時34分注記)ブログは一度ちゃんと寝てから推敲するべきだ。

えびす遠

えびす近

東本願寺到着。さすが本願寺、巨大な伽藍。

東本願寺1

東本願寺2

親鸞さんと阿弥陀様を急ぎ拝み先を急ぎます。

(後編へ続く)

スピリチュアルに行きかけたんですが2018/02/12 23:13

タナトフォビアという用語を知って以降、救いを求めてあれやこれやと検索しまして、「死ぬのが怖い」でググっていた某日、あるスピリチュアルサロンのブログに行き着きました。かなり精神が疲弊していた私には暗黒に差す光に見え、死の恐怖克服のヒントが見つかるかもしれないとメルマガ登録をし、バックナンバーを読みあさって約一ヶ月後、すっかり冷めました。
「暗黒に差す光」はあっちゅう間にブラックホールに吸い込まれたのですHAHAHAHA。

バックナンバーを読み進めると、私個人が大変f※※kと感じる文言が散見されるようになり、とどのつまり幻滅したわけです。
この手の人の科学の忌避はなんでしょうね。衣食住と安全と健康、文明にどっぷり浸かっているゆえに可能な贅沢を満喫してるようにしか見えないんですが。宗教であれスピリチュアルであれ、その人がそれで幸福なら結構な事だけど、アナタ達の妄言で迷惑してる人がいるんじゃないの?

さて、くだんのブログを読み始めた頃に、元々うちにあった学研の宗教の本も読み返してまして
特にこのあたりを。
学研の宗教の本たち

今までは、例えば「釈迦の本」を読んでも単なる情報としてしか受取ってなかったのに、改めて読んだら理論や修道の解説がなんとまあサクサクと入ってくること。
神社仏閣を巡り関連書籍を読んでもオタク趣味の延長に過ぎず(なんせ宗教に興味を持ったきっかけが「孔雀王」だし)、それらを元に同人誌でへっぽこ漫画を描いたりしてましたが、自分の生き方に入り込むということは考えてませんでしたね。死を日常生活から意識するようになって初めて真剣に考える。現金なものです。

そして自分には仏教の考え方が合ってるなあと思い始めたと同時に、スピリチュアルへの期待は急激にしぼんだのでした。概念自体は(特に中二病に罹患してると)魅力的だし、あのふわふわした感覚を信じ込めれば死の恐怖はなくなるかもしれないけれど、それ以外が自分には無理過ぎた。多くは語りませんが。

世の中に絶対はないので、何年かしていきなりスピリチュアルに傾倒するかもしれないけれど、私がニクタリアンである限り可能性は低い気がします。極端に菜食に偏ることで何らかの脳内物質が出て、見えない何かを感じた結果が高次元の存在や大いなる宇宙の概念ではないのかと感じるので。

苦行で仏を見たり座禅で魔境を見るのも同様に、悟りを開く(死の恐怖を克服する)為には、菜食に近くなった方がいいんでしょうけどねえ健康のためにも。
ただ前述通りニクタリアンで野菜嫌いの私には厳しいのです。

…松屋のチーズタッカルビ定食うめえでしょ…。

まずは立ち向かう2018/01/24 23:37

自分でつけといてなんですが、タナトフォビアのくせにこのブログのタイトル“斎場”って何の冗談なんでしょうかね。
エクストリーム方面のヘヴィメタルを好んで聴いてるせいもあって、昔からガイコツだの地獄だの死神だののモチーフは好んで使っていたんですが、シャレならんと言えばシャレならん。まあ暴露療法的なものと思えば。

さて「寝入りばなに叫んで飛び起きる」状態だったタナトフォビアの状態が昼間に現れて約3ヶ月程度経ち、現在パニック症状的なものは出て来ませんが、ふっと寂寥感がやってくるのは変わらず。前向きになったりへこんだりを繰り返していて、なかなか腹が座りません。月のものがやってくる直前にもの凄くネガティブな気分になったので、その辺りの影響かもしれない。完全に閉経したら精神が安定してもらいたいもんです。

先日初めてネットで新幹線の切符を取ったのですが、おっかなびっくりだったせいか夢に出てきました。なにやら大失敗した夢でしたねー。発券はこれからやるのでえらい不安…。
という感じでそのときの不安が夢に出て来がちなわりに「死ぬの怖い」が夢に出て来た事ないんですよね。恐怖感がピークの頃に「濁流の川に見知らぬ男性が小舟で流されて来て“助けてくれー”と叫ぶ(男性はレスキュー隊に助けられていた。私は高台からその様子を見てた)」という夢を見たんですが、自分が助けを求めたいのになんで他人事になってるんだろうと思いました。深層意識の何かが「死は受け入れるもの」的な何らかの暗示でもかけてるんでしょうか。

「考えても仕方のない事を延々と考えてどつぼにはまる」傾向が良くないらしく、その解消に瞑想や座禅が良いと聞き、数分間程度ですが継続してやってます。しかしこれがなかなか難しい。達人でも雑念が湧いてくるというから初心者は言わずもがなです。部屋の片付けがまだ終わってなくて散らかっているのも敗因かと思い、部屋の灯りを消してロウソクの火だけで座ってみたらばこれがなかなかいい感じ。しかしまずは部屋の片付けを完了せねば…。