「二ツ星の料理人」を見てきました2016/06/13 01:17

この映画の情報を入手したのはTwitterの洋画ファンのアカウントで、「評価はそれほど高くないようですが…」というようなツイートでした。世間の当作に対する認知度も反応も低い印象。いい気分になって映画館を出た私としては少々寂しかったため、敢えて拙い感想めいたものをまとめてみようと思った次第。ネタバレご容赦。

窓口でチケットを購入したとき、映画館のスタッフ氏に「(二ツ星の料理人を見るとは)映画通」というような事を言われまして、「えっ、この映画ってそんな位置?」と面食らいました。私は大概アメコミものやアクションなどの娯楽大作ばかり見ている人間だし、「某所で見た主人公(アダム)と支配人(トニー)のキスの顛末を確認しに来た」…なんて事は言うつもりもありませんでしたが、鑑賞の動機が不純だというのは自覚していたので。こんなのは単なるきっかけとして昇華すればよいのだと開き直っているけれど、うっかり有料のポイントカードを作ってしまうほどには「申し訳ございません」な気分になりました。

本作の批評界隈で低めの評価は、もしかしたらある種の主人公補正が原因のひとつかなと思いました。アダムに対しては「すぐキレる豆腐メンタル」と評されていてさもありなん、加えて本編中の様子を見ていて、よくみんな見捨てないなあと思ったものです。だから彼は身から出たサビ的に何度も痛い目に遭う。だけど最悪な結果には至らない。彼に恋愛感情を持っているトニーはともかく、何故かみんな最終的にアダムをサポートしている。
これはその、演じてるのがブラッドリー・クーパーだから許されるんじゃないかって気がします。あんな笑顔向けられたらねえ、ああこの人には付いててあげなきゃって気になります。少なくとも私はなりました。ちょっと狡い。

もうひとつ、説明を省き見る側の想像力にお任せする箇所が多々あるため、人によっては「不親切」に思えたかも。トニーがアダムの服のにおいを嗅ぐ場面は、おそらく(ドラッグ常習者は独特な体臭があるらしいので)アダムがドラッグをやっていない事の確認だったと思われるし、アダムの師匠の娘(役名失念)がアダムの借金を肩代わりしたときの「私にも責任がある」というセリフ、アダムが彼女には他と違った表情を見せる事からの二人の過去の推察などその他多数。

そういえば本編では「三ツ星になる」という目標が掲げられていたけれど、最終的に叶ったかどうかが不明で物語が終わるので、その辺りの不満もあるのでしょうか。

○その他内容に付いて思いつくまま挙げてみる。

・当初アダムの肉体を見て「料理人にその“雄っぱい”は必要か!?」などと愚考しましたが、キッチンの様子を見て、必要だと思い知らされました。料理は格闘技。

・バラのデコレーションをしたバースデーケーキ私も食べたい。あの場面のエレーヌの娘のセリフ、予告字幕では「ママの次」だったのに劇場字幕では「二番目」だったんですよ。原語がどうなってるのか気になるので円盤がリリースされたら買うかもしれない。

・本編では当然料理が出て来ますが、レストランの料理にはそれほど食欲はそそられなかった。むしろ、バーガーキングや出店のジャンクフードが飯テロだった。「人は実際食べたものでしか味の想像ができない」っていうからね…(※一流レストランの料理は食べた事ありません…)

・ミシェルが“復讐”を決行したのは、「最初からそのつもりだった」、スタッフをやっているうちに「あっやっぱコイツダメだ」と思った、どっちだったんだろう。

・当初の目的「主人公(アダム)と支配人(トニー)のキスの顛末」の確認は果たしたものの、なぜあそこでちゅーしないといかんかったのかはよくわからないまま。安堵からの喜びとしてもです。いや腐女子的にはかわいらしくて大変ようございましたが。
それにしても「アダムへの倍返し」で客に唐辛子入りの激辛ソースを食べさせるミシェルもアレですが、「ミシュランじゃなかったから結果オーライ」で喜ぶ主人公達もちょっとあんまりじゃないかしら。

傑作かと問われれば、突っ込みどころも沢山あって一概にそうも言えませんが、私はとても気に入ってます。ラストシーンで仲間と一緒にまかないを食べるアダムに私は涙腺が揺るんだんですが、この映画は主人公がそこに至るまでの軌跡を追う作品なんだなと思いました。ここに原題の「BURNT」の意味が生きてくるんですね。
わりとよくあるタイプの映画という見方もあるようですが、私は今までそれほど映画を見て来なかったので気になりませんでしたねえ。変な話ですが、自分はアメコミものやアクションもの以外も鑑賞できるんだと妙な自信を持ちました。個人的な鑑賞後の印象は上々です。ヒラメ料理とワインで乾杯したい気分。